推定覆滅
特許法102条2項は損害額の推定規定でして、侵害者の側で、侵害者が得た利益の一部又は全部について、特許権者が受けた損害との相当因果関係が欠けることを主張・立証した場合には、その限度で上記の推定は覆滅されます。つまり、損害との因果関係に欠ける範囲で、損害額が減額された事例を紹介します(令和4年(ワ)第8985号 特許権侵害差止等請求事件)。特許権が有する技術的思想に対して製品の差別化要因が認められれば、一定の推定覆滅が認められます。
(要旨)被告製品は、別紙「被告製品説明書」記載のとおりの構成を有するものであるが、交差する2本の第二棒状体の固定方法を挟込み(バネによるもの)とすることで、仮保持状態での位置調整を容易にしている。この点は、具体的な固定方法こそ被告が権利を保有する特許発明(特許第7042460号、乙5)を実施するものではあるものの、まさに本件発明の技術的思想を用いたものといえ、空調機振れ止め金具という製品の性質上、相当に顧客を誘引する差別化要因となる機能といえるし、被告自身が、被告製品のパンフレット(乙6)において、「施工性UPの3つのポイント」の2番目として、「振れ止めボルトへの仮止め機能」を挙げるものでもあり、被告製品の販売による利益をもって、原告が受けた損害の額と推定することに沿った具体的事情が存在するといえる。他方で、上記パンフレットが「施工性UPの3つのポイント」としてまず1番目に挙げるのは、本件発明の「第一棒状体」に相当する吊りボルトをバネ式の挟込みで仮止めする機能を備える点である。本件発明は、本件明細書上の言及はともかく、第一棒状体の具体的な固定方法や仮止め機能に係る構成を特定するものではないところ、上記の点は、本件発明の技術的思想によらずして製品の差別化要因としている部分といえるし、仮止めの具体的方法としてバネを用いることで施工性を向上させることは、本件明細書にも言及のない技術的工夫であり、被告が権利を保有する特許発明(特許第7042459号、乙4)を実施するものでもある。また、被告製品は、2か所の締付け操作をもって、2本の第二棒状体のみならず、第一棒状体も含めた計3本の棒状体の固定を可能とする構成を有するもので、「施工性UPの3つのポイント」の3番目として「締付け固定2箇所」が挙げられているのもこれを指すものである。これは、2本の第二棒状体の固定方法を挟込みとする点において、本件発明の構成を前提とするものではあるものの、これをもって、第一棒状体の固定方法まで兼ねさせるという面については、本件発明とは異なる技術的思想が具現化されているものといわざるを得ず、被告が権利を保有する特許発明(特許第7042459号、乙4)を実施するものでもある。そして、被告製品は、これらの機能の総合によって、本件明細書の実施例とほぼ同じ構成を有する原告実施品1(乙27の1)と比べても、棒状体の位置調整を伴う施工をより容易にしたものであることは否定できない(乙27の1~4、弁論の全趣旨)。被告製品と原告の本件特許の実施品(原告実施品1、原告実施品2〔甲8〕) は、その競合市場における需要者にとって二者択一の選択ではなく、機能面での相違はあるものの、同一用途の他社競合品が相当数存在している(乙38、44、46、47、51~53)。特に、「ガッチリロック」(乙38)は、バネ機能を用いた仮止めで吊りボルトの位置調整を容易にした上、2か所の締付け操作で、振れ止めボルト2本のみならず、吊りボルトも含めての固定を可能とし、施工時間の大幅短縮を差別化要因としているもので、被告製品との機能面での類似性があるといえる。「ガッチリロック」を含めた各競合品の販売規模等の詳細は証拠上明らかでないものの、「ガッチリロック」を製造販売する会社の事業規模やその原告及び被告との比較など(甲17、18、乙54、55)も踏まえると、原告実施品2について被告製品との機能面での類似性があることを勘案しても、推定覆滅事由として、一定の考慮をせざるを得ないものといえる。被告は、原告と被告とで製品の販売形態に違いがある旨主張するが、需要者層の異同を含め、推定を覆滅するに足るだけの事情があるとは認められない。また、販売促進費用及び運送費用については、限界利益の算定において 経費としての控除を認めた以上に、推定覆滅を認めるべき事情があるとは認められない。以上より、被告製品が、本件発明の実施以外の機能面で顧客を誘引する差別化要因を有し、総合的にも高い施工性を獲得しているほか、市場における競合品の存在も踏まえ、相当程度の推定覆滅を認めざるを得ない。

