用語の解釈
特許侵害訴訟では、特許請求の範囲の用語の解釈について争うことが良く起こります。今回は、「ともに」が、「ひとつになって」の意味か、「同時に」の意味かの争いとなった侵害訴訟事件を紹介します(令和3年(ワ)第18262号 損害賠償請求事件)。用語の解釈にあたっては、広辞苑等の一般的な字義と明細書等の記載から判断される一般的な事例です。
(要旨)構成要件AないしDの記載によれば、本件発明の「女性用衣料」は、女性のバスト部を覆う「カップ部材」と、当該「カップ部材」の表面側に配置され、前記バスト部の左右の各脇部からバストの側部を覆った状態でバスト下部の中央部にかけて設けられる「左右の前身頃部材」とを備えるものと理解できる。そして、構成要件Dの記載によれば、上記「女性用衣料」は、更に「連結部材」を備えており、当該「連結部材」は、「左右の前身頃部材をバスト下部の中央部近傍で互いに連結する」という機能と「当該左右の前身頃部材の連結幅を調節可能」とするという二つの機能を有していると理解できる。しかし、その「連結部材」の二つの機能がどのように実現されるのかに関する「ともに」の意義については、本件発明の特許請求の範囲の記載のみからは明らかではない。そこで検討すると、「ともに」の字義は、「①ひとつになって。いっしょに。相連れて。同じく。②同時に。」であることが認められる(広辞苑第6版。乙13)。そして、本件明細書の記載を検討すると、【0038】には、連結部材に関し、「この複数の連結部材27としては、図9に示すように、フックとアイからなるものの他、2段等の複数段のファスナーや、帽子の後ろの部分に使用されるような連結幅を調節可能なワンタッチ具などが用いられる。」と記載されているところ、【図9】に示されている「フックとアイからなる」連結部材は、フックとアイとの連結を解除しなければ、その連結幅を調節できないものであると理解できる。また、当該段落に例示されている「帽子の後ろの部分に使用されるような連結幅を調節可能なワンタッチ具」とは、一般的には、別紙ワンタッチ具写真目録に示された構成を有するものと認められるところ(弁論の全趣旨)、これらについても、連結部材同士の連結を解除しなければ、その連結幅を調節できないものと考えられる。
以上によれば、「左右の前身頃部材を…連結するとともに、…連結幅を調節可能に設けられた」について、その「ともに」を上記字義のうちの「②同時に。」と解した上で、複数の連結部材が、「左右の前身頃部材を…連結する」機能を果たすと同時に、その「連結幅を調節可能」とする機能も果たす構成を意味すると解するのが相当である。
被告は、構成要件Dの「ともに」について、辞書を編纂するに際し、各語句の意味は、広く一般に用いられるものから記載されるから、広辞苑第6版において最初に記載されている「ひとつになって。いっしょに。相連れて。同じく。」の意味であり、「左右の前身頃部材を…連結するとともに、…連結幅を調節可能に設けられた」とは、「左右の前身頃部材を連結」した状態を保持しつつ、「左右の前身頃部材の連結幅を調節可能に設けられた」と解するべきと主張する。
しかし、語句の意味をどのようなものから優先的に記述するかは、各辞書の編纂方針によると考えられるところ、被告が指摘する広辞苑第6版において、広く一般に用いられる意味から記載するとの編纂方針が採用されていることを認めるに足りる証拠はない。
また、前記アのとおり、本件明細書において「連結部材」として具体的例示されているものは、いずれも連結部材同士の連結を解除しなければ、その連結幅を調節できないものであるから、被告が主張する「ともに」との解釈とは相容れないというべきである。したがって、被告の上記主張を採用することはできない。